SDGsアウトサイドイン公認ファシリテーター菊田 哲 氏「私たちの手で持続可能な地域を実現するために 〜岩手県中小企業家同友会エネルギーシフト研究会の社会課題解決へ向けた取り組み〜」【アウトサイドイン・アイ】

持続可能な社会の実現に向けて具体的な方法論として、「循環経済(サーキュラー・エコノミー)」が注目されています。

なかでもEU(欧州連合)は、2015年12月に「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を公表、

2020年3月には「サーキュラー・エコノミー・アクションプラン」の公表と、

政府主導の政策を次々と打ち出し、世界をけん引しています。
日本においては2020年5月に経済産業省が「循環経済ビジョン2020」を策定し、循環経済への転換に向けて動き出しました。
※「循環経済ビジョン2020」https://www.meti.go.jp/press/2020/05/20200522004/20200522004-2.pdf

気候変動や環境汚染といった社会課題に対応しつつサーキュラー・エコノミーへの移行
は、すべての企業に求められるテーマであると言えます。
身近な企業では、どんな取り組みをしているでしょうか。その事例として、

SDGsアウトサイドイン公認ファシリテーターの菊田哲さんに、仲間と共に取り組む活動を寄稿して戴きました。


 

私たちの手で持続可能な地域を実現するために
〜岩手県中小企業家同友会エネルギーシフト研究会の社会課題解決へ向けた取り組み〜
                     岩手県中小企業家同友会  菊田 哲

社会の主役としての中小企業
直面する社会課題解決のために私たちに何ができるか。今回は地域の人口減少・少子高齢、そして大震災からの復興と大きな地域課題に直面した岩手で取り組まれている、中小企業の実践事例として、岩手県中小企業家同友会のエネルギーシフト研究会の実践をご紹介します。
全国の中小企業は約358万社、全事業所の99.7%を占めています。2010年に閣議決定された中小企業憲章の冒頭には、「中小企業は、経済を牽引する力であり、社会の主役である。」と掲げられています。
岩手県内の人口減少、少子高齢現象が急激に進むなか、2011年の東日本大震災が発災しました。壊滅と言われた沿岸地域の中で大きな被害を受けた沿岸の企業、地域再興を支援するために全力を傾けましたが、1年、2年と時間が経過していくなかでも、一向に復興は立ちゆきませんでした。瓦礫の積み重なった状況で、地域の未来が全く見通せない閉塞感の中、活路はないかと解決策を模索していました。

域内循環で新たな仕事と雇用を生み出す
そんなさなかに2013年10月、EU小企業憲章の具体的な取り組み視察を目的に、ドイツ・オーストリア視察が行われることを知り、藁をもつかむ思いで参加しました。そしてそこで直面した、エネルギーシフトの地域実践に大きな衝撃を受けたのです。
欧州ではエネルギーヴェンデと呼ばれるその取り組みは、単に使用するエネルギーを化石燃料から自然エネルギーに変換するという意味ではなく、私たち自身の生き方やエネルギーについての考え方を次世代に持続可能な地球を残すために、根幹から大転換(ヴェンデ)しようというものです。
地域内で使用する化石燃料由来のエネルギ−の多くは、域外から海を渡り運ばれてくる原油に依拠しています。地域から流出しているその額は岩手県内で、約2200億円にもなります。
無理せず快適な生活環境は維持しながら、住宅断熱などエネルギーを極力使わないための様々な工夫を試み、更に地域内の資源を最大限に活用してエネルギーの地域内循環を試みる。こうして地域から外にお金を出さずに地域の経済と雇用の大部分を生み出す中小企業に資金と資源を回すことで、新事業と雇用の創出につながるのはないかと考えました。

企業家一人ひとりの心に火を灯す
ドイツのフライブルクで4階建ての木造集合住宅の前で「北東北の人たちは世界一寒い住宅に住んでいる」と指摘されました。更に現地の冬場の気温は岩手と同じく氷点下になりますが、ドイツではどの住居でも無暖房でも16度以下にはならないというのです。
例えば、サッシは熱伝導しやすいアルミのフレームは使わず樹脂を使用、アルゴンガスを充填したトリプルサッシは日常です。また地域によって大きく変わる湿気や温度に合わせて設計製造できるのが、地域に根ざす中小企業の強みです。サッシのシリコンパッキンの形状を変えて結露を防ぐ工夫をしたりと、小ロット短期間での対応も可能なのです。またグラスファイバーなどの断熱材を入れた壁の厚さは30〜4センチメートルにもなりますが、その建築資材についても木材や古紙など地域にある原料を工夫して活用するなど、中小企業にとっての魅力を発揮できる環境になっていました。日本は少なくとも20年以上遅れているのでは、と思ったほどです。
また帰国して調べてみると、岩手県が脳梗塞・心疾患の罹患率が男女ともに全国ワーストワンであること、そしてその原因の一つに、居室内の寒暖差を原因としたヒートショックがあることを知り、これを解決できるのも地域の暮らしに根ざし、気候も文化への対応も細やかにできる中小企業であることが欧州の数々の実例から知ることになりました。
こうして地域企業が、仕事を通じて連携し資源やエネルギーの地域内循環を具現化することで、持続可能な地域を次世代に実現することができる。そのために企業家一人ひとりの心に火を灯し、企業実践を促すことを目的にこの7年、積み上げてきたのが私どものエネルギーシフト研究会です。

どうすれば自分たちの住む地域の課題解決に生かせるか
この間、エネルギーシフト(ヴェンデ)の経営者向けの学習会を7年で110回を超す数を開催してきました。学習会には岩手大学をはじめとした研究者の皆様、行政機関の担当者皆さんにも日常的に参加いただき、まさに地域内産学官連携のプラットフォームとしての機能も果たして来ました。
そしてスイス、ドイツ、オーストリア等の欧州の先進地域、企業実践を視察研修を6回開催、のべ85名の経営者や幹部社員に参加していただき、どうすれば自分たちの住む地域の課題解決に生かせるか、視察に赴いた現地でも、夜な夜なディベートを重ねてきました。
またそうした経験を学校教育の現場や企業内で生かすためSDGsワークショップ、環境教育の学習講師派遣も企業家が直接出向いて伝える課題授業等の活動も進めており、その数はすでに200回超えています。地域での企業実践が、そのまま子どもたちの環境教育にもつながっています。

できることからはじめよう
「誰でもできることからはじめよう」との呼びかけも大きな効果を生み出しています。私たちは、エネルギーシフトへ取り組む際の順番を大切にしよう、と呼びかけて来ました。「4つのショウ(省エネ・小エネ・創エネ・商エネ)」の提起です。個人でも企業でも、まず省く、少なくするエネルギーは誰でもすぐに取り組めます。どうしても生み出すエネルギー、販売するエネルギーから手を付けがちですが、実は大切なのは、取り組む順番です。
こうしてそれぞれの企業での実践を互いに発信、交流することで取り組んでいる企業は課題を発見することができ、進んでいない企業は刺激を受け、一歩動き出す刺激し合う場を日常の学び合いの場として続けて来ました。
のべ85名の欧州視察参加者から、地域での様々な取り組みも生まれています(これまで鹿児島、熊本、宮崎、愛知、富山、新潟、秋田、北海道が参加)。岩手だけではなく全国各地で地域のエネルギーシフトモデル企業になり始めています。

薄紙を重ねるような実践の積み上げでこそ
平泉ドライビングスクールでは、エネルギーシフトの具現化による校舎の新築で、年間で約200万円のエネルギーコストの減少が実現、全国からのモデル視察訪問による波及効果やエネルギーや環境に興味のある生徒の集客にもつながっています。
また大船渡市の企業では地域材を生かした木骨ハウスの意匠提案、販売事業をスタートさせ、欧州各国(ドイツはじめ10カ国超)の国際特許を取得、海外展開への準備も始めています。また人口減少が著しい山間部の二戸市では、視察の経験から人口が激減する山間地域で新たなホワイトアスパラガスを主品目とした農業の展開をしはじめており、開始から3年で首都圏の高級レストランからの新規受注が急増、刺激を受けた生まれ故郷に戻ることを躊躇していた20代の若手の農業後継者が、地域に戻りつつあります。
私たちは、「準備ができてから、資金を用意してから、設備を整えてから・・・」と大上段に構えがちです。でも何よりも大切なのは、私たち自身が今、できることから取り組み始めること。そして始めた挑戦を薄紙を重ねるがごとく、諦めず実現するまで愚直に実践し続けること。課題が大きいものであればあるほど、私たち一人ひとりの小さな実践の積み上げが必要です。そうした連携・連帯のうねりこそが、どんな難題も解決に導くことができるのではないかと私たちは信じています。